ボルネオ先住民と犬のはなし

 ボルネオ先住民たちの村には、必ずといっていいほど犬がいる。


 とはいっても、いかにも愛玩のためのキュートな小型犬ではなく、どれも耳がピンと立って、さっぱりとした短い毛並みの賢そうな犬たちだ。そう彼らは、ダヤックの生活には欠かせない狩猟のパートナーである。


 道の上、橋の上、家の床下、村のどこを歩いても犬と遭遇する。かならずしも全ての世帯が犬を所有しているわけではないようだが、大抵数匹を一度に飼っていて、主人は自分の犬を見分けられるのだという。たとえば自分の家の犬と他人の家の犬の間に仔犬が生まれた場合には、一体どのように対処しているのだろうか。なぜなら村の犬は放し飼いにされているので、いつどこで、どの犬と交尾してしまってもおかしくないように思われるのだ。

 ある村では交尾の時期になるとメス犬を小屋に入れてしまう。意図せぬ妊娠を防ぐとともに、優秀なオスの犬を連れてきて人為的に交配させるのだ。また昔は仔犬が生まれると、その乳頭の並び方で狩猟の素質を占い、良くない犬はそのまま川へ捨てることがあった。生まれて間もない子犬を川へ流すという処置は、今でもメスの頭数を抑えるために行われることがある。

 ダヤックの種族間でも犬の飼育方法はさまざまであるが、優秀な猟犬の多い村ではこうした繁殖のコントロールが徹底されている。「猟犬」としての優れた血統を守り継でいく上では大切なことなのだ。

日本に比べて犬のしつけは厳しいように思われた。昔は長屋で一緒に暮らしていたというが、今では基本的に家の中に入れないし、高床式の家に決まってせり出したテラスにさえも飼い犬をあげることを好まない家庭が多い。噛むことのない(これもしつけが徹底されているという)利口な犬たちであるにもかかわらず、彼らはきまって追っ払われてしまう。誰の犬であろうが関係ない。出ろ、出ろ、あっちいけ!というようなかんじで、足でドンとやったり、半分足蹴にしたりもする、そんな場面に何度も出くわしている。

 それでも犬は人間のつくった場所がよほど快適なのだろうか。人の目を盗んではテラスにあがり、だらんとしている。あとで追っ払われるのは承知なようだ。

 しかし犬と人間の絆の強さは、日本以上のそれだとも感じることがあった。主人は飼い犬にきちんと餌を与え、猟で怪我をすれば薬を塗って労わる。犬たちは焼畑に行くにも、猟に行くにも、主人の後をしっかり追っていく。たとえ主人がモーターバイクで出かけようが、目的地まで一生懸命走って付いていく。その光景はなかなか健気である。


 さて、犬をつかった狩猟は一体どのようなものだったろうか?プナンの村、ロング・スレ周辺の森を歩いたときに、何度か犬を連れた猟師とすれ違ったことがある。

 人間は犬を連れて、槍を手に森を歩く。犬がイノシシやシカなどの動物を見つけると、吠えながらまっしぐらに追いかけてゆき、人間がその後を追う。犬の役目は、動物たちを逃げられない場所まで追い詰めることだ。ついに追い詰めると、犬はその合図に、「ホッ・ホーーーン、ホッ・ホーーーン」と吠え、人間に場所を知らせるらしい。そして最後は、人間が槍でとどめの一発をくらわせるのだ。すばらしいコンビネーションじゃないか!と思うが、わたしはまだその最終局面に居合わせたことはない。これは現地で狩猟経験のある日本人の先輩から聞いた話だ。犬が懐いて、訓練すると、その人間の指示にちゃんと従うようになって、狩猟に連れて行けるようになるらしい。お利口だ。


 ロング・スレ村の犬は、昔から狩猟に長けると評判なのだそうだ。昔は今よりも大型だったというが、今は交雑が進み、見かけるのはどれも柴犬ぐらいの大きさだ。すっきりと端正な顔立ちの犬もいれば、ブルドッグのように額がしわしわで、目をギラつかせた人相(?)の悪そうな犬もいる。

 ロング・パヤウ村ではロング・スレ村の犬を買い付けたという奥さんにも出会った。二つの村は陸路ではアクセスできないので、小さなプロペラ飛行機に乗せて連れてきたのだそうだ。奥さんはその犬を持っていることを誇らしそうにしていた。やはりロング・スレの犬は猟がうまいのだという。そんな話を聞いた後、奥さんは太っ腹な気分になったのかまだ昼だったにもかかわらず、私ひとりのためにたっぷりのイノシシ煮に加え、イノシシの頭までふるまってくれた。

 さらなる余談だが、すでに夜がふけて静かな時間帯に、犬の遠吠えの大合唱が始まることがある。たった一匹、ひと吠えした途端にそれが始まる。5分ぐらい続くこともあったりして、眠りからは確実に遠ざけられる。しかしわたしはというと、村の誰もが聴いているこの大合唱を「うるさいなあ・・・」と思う瞬間に、村の一員になれたような気がするのだ。なぜなら村の人たちも、闇夜に響く大合唱にきっとうんざりしているに違いない。

東京に居るのでは永久に聴くことがないであろう、ボルネオの村の名物である。


参考: 『失われゆく民族の記録 ボルネオ島21世紀初頭 クニャ族とプナン族』安間繁樹、『熱帯のニーチェ』奥野克巳(ウェブマガジン「あき地」より)

備考: 現地で研究されている佐野洋輔さんの助言をもとに一部修正(2017/11/28)

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